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今月の旅行先一覧/2008年

今月の旅行先一覧 : 2008年


12月:京都市編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.12)

京都市(きょうとし)は、日本の近畿地方、京都府の府庁所在地である。

794年に「平安京」が置かれ、以後明治時代初期の1869年まで、天皇の居住する日本の首都であり、奈良市などと並び、日本の古都として知られている。神社仏閣や、四季を通じたさまざまなイベントなど観光資源も多く、内外から多くの観光客が訪れることでも有名。

東京、広島市、長崎市などと共に、世界中で最も名前が知られている日本の都市のひとつである。


12月:マドリード編集

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世界編(2008.12)

マドリード (Madrid) はスペインの首都。イベリア半島のほぼ中央部、メセタ(乾燥高原)地帯のマンサナーレス川沿いに広がる都市である。人口は約313万人であり、EU圏内では、ロンドンベルリンに次ぐ大きな街として知られている。

マドリードの歴史は古く、既に先史時代から人が住みついていたとされている。名前の由来は市内を流れるマンサナーレス川で、アラビア語で「アル・マジュリート」(「水の源」の意)と呼ばれていたものが、後に地名として使われるようになり、さらにそれが転訛して「マドリード」となった。

マドリードがスペインの首都となるのは16世紀半ばであり、フェリペ2世が宮廷をトレドからマドリードに移したことに由来する。スペインは15世紀に既に大航海時代を迎えており、北アメリカアフリカとの航路が開かれた結果、続く16世紀に新大陸から流入する銀などによって大いに栄え、この時期にマドリードも繁栄を謳歌した。18世紀には、フェリペ5世により王宮が建てられたほか、カルロス3世の時代の都市計画で近代的な都市へと発展を遂げた。

19世紀初頭にフェルナンド7世が父親であるカルロス4世に退位をせまったアランフエスの蜂起やナポレオンの部隊によるマドリードに入城とフランス軍に対する市民の反乱・鎮圧などの騒擾を経験(ちなみに、このときの様子を著名な画家であるゴヤが「5月2日」「5月3日」という作品に残している)。1814年にフェルナンド7世による王政に復帰したが、19世紀から20世紀にかけては、自由主義派と保守派の争いである「カルリスタ戦争」やスペイン内戦(1936年-1939年)などの戦争で国内が荒廃し、特にスペイン内戦ではマドリード市内も戦場となったため大きな被害を受けた。その後、フランコによる独裁時代を経て現在の民主制に至っている。


11月:柳井市編集

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日本編(2008.11)

柳井市(やないし)は、日本の西部、中国地方山口県南東部に位置する市。

人口は約36,000人。瀬戸内海に面しており、こじんまりとした小さなまちである。かつては海運の要衝で、港町として栄えた。現在は山口県南東部における産業・商業の拠点となっている。瀬戸内海式の温暖な気候に恵まれており、冬でも比較的暖かい。

古くは縄文時代のころの遺跡が発見されており、その頃から人々が暮らしを営んでいたようである。茶臼山古墳は長さ85mの前方後円墳で、日本最大の大鏡が発見された。

かつては「楊井」と書かれていたが、その地名の由来は、約1,400年前にさかのぼる。豊後の国の般若姫が、天皇家に嫁ぎに行く途中、この地に立ち寄ったが、その時に飲んだ井戸の水がおいしかったので、お礼に楊枝を井戸のそばにさすと、たった一晩で柳の大木になったことから、といわれている。

江戸時代には、「岩国藩のお納戸」として呼ばれ、瀬戸内海屈指の港町として栄えた。柳井のシンボルである豪華な「白壁の町並み」はこのころに形成された。 現在は埋め立てが進み、海が遠のくと同時に、沿岸部に工場や火力発電所が立地してしまったので、港町としての風情は喪失しているが、「白壁の町並み」には当時の商家が立ち並び、今なお見ごたえがある。

山陽自動車道や山陽新幹線などの幹線から外れたところに位置しているため、瀬戸内海沿岸工業都市でありながらも、ゆっくりした時間が流れている。


11月:フエ編集

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世界編(2008.11)

フエ (Hué) はベトナム中部地方にある古都、かつて19世紀初頭から20世紀半ばにかけて存在していたベトナム最後の王朝、阮(グエン)朝の都が置かれていたことで知られる。市内には王宮や寺院、古い建物を利用した美術館などがあり、また郊外には歴代の皇帝廟や寺院などが点在している。

フエはベトナム戦争中、テト攻勢の舞台となったため、それら建物も多くは壊滅的な被害を受けたが、その後王宮などの主だったところは部分的に復元され、1993年にはそれらの古刹がベトナム初の世界文化遺産に指定された。街中を流れるフォーン川がいわばフエの背骨をなしており、川を境として、それぞれの河岸に旧市街と新市街が広がっている。街中を走るバイクの多さはベトナムの他の街と変わらないが、その喧騒の中にも、街全体にどことなく落ち着いた雰囲気が漂っている。


10月:甲府市編集

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日本編(2008.10)

甲府市(こうふし)は山梨県の県庁所在地。地名の由来は、政治の中心地を意味する「府」の文字が使われている通り、中世日本の戦国時代における有名な大名「武田氏」が本拠地としていた場所であり、甲斐国の府中という意味から名付けられている。武田氏は信虎・晴信(信玄)・勝頼の三代、60年余りの間、この地に構えた躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)を居城とし、甲府を京の街を見立てて整備を行っていった。

甲府盆地のほぼ中央に位置しており、かつては甲府へ来るには笹子峠など多くの難所を超えなければならず、そのため東京から至近距離にあるのにもかかわらず来訪が困難であった。しかし1971年までに中央本線の県内区間が全線複線化されたのをはじめ、1982年には中央自動車道が全面開通、国道20号も各地でバイパスが整備されたことから甲府向けの日帰りツアーが増えてきている。まだ先の話であるが、リニアモーターカーが開通すれば東京方面だけでなく名古屋方面からも訪れやすくなる。


10月:パリ編集

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世界編(2008.10)

パリ (Paris) はフランス北部、セーヌ川を挟んで建設された国の首都。中心部の人口だけで220万人、さらに郊外には1000万人近くが暮らす、ヨーロッパでも有数の巨大な国際都市。時に世界で最も美しい都市と言われ、文化・芸術・ファッション・食べ物・デザインなど様々な分野で長い歴史が作り上げた最高峰を実感することができる。「花の都」「光の都」として世界中から人々を集める巨大な観光都市でもある。

パリの中心部は20の行政区に分けられ、中心から左に渦を巻くように1区から20区まで番号を振られている。街を一目で把握するには、新聞スタンドなどで€5程度で売られている"Paris Pratique par Arrondissement"というポケット地図を手に入れると良い。 それぞれの区に個性があり、どの界隈にも見所がある。


9月:足利市編集

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日本編(2008.9)

足利市(あしかがし)は栃木県南西部に位置する都市である。東京都心から北西へ70km。街の中央を渡良瀬川が流れる足利市は、「東の京都」と呼ばれ、日本最古の総合大学「足利学校」や足利氏ゆかりの寺「鑁阿寺」などがあり、足利氏発祥の地として知られている。

世界最大級の磁器美術館「栗田美術館」、樹齢130年以上の大藤が有名な「あしかがフラワーパーク」などを中心に近年は観光にも力を入れており、中心部の再開発において都市型美術館「足利市立美術館」を開館させたほか、足利学校・ばんな寺周辺の通りに石畳を敷き、ぶらぶら歩きが楽しめる街に生まれ変わった。年々観光客が増え、個性的な商店や観光客向け土産物店、飲食店なども増えてきている。

また、古くから織物の街として「足利銘仙」は全国的に有名。織物の衰退後は、「足利ジャージ」をはじめとするトリコット工業が盛んになり、市内にはトリコット団地、トリコット通りなど「トリコット」の付いたエリアが存在する。


9月:リスボン編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.9)

リスボン (Lisbon) はポルトガルの首都。イベリア半島中部に端を発するタホ川は、ポルトガルでテージョ川と名前を変えて大西洋に注ぐ。リスボンはこのテージョ川の右岸に開けた古都であり、ヨーロッパ最西端の首都としても知られている。また、テージョ川の河口から12kmほど奥まった、起伏に富んだ丘陵地帯に広がることから「七つの丘の都」という異名も持っている。

リスボンの歴史は古く、紀元前13世紀初め頃には既にフェニキア人などが港として利用していたとされる。紀元前3世紀にはローマ帝国の支配下に入り、紀元前48年には帝国の都市としての資格を与えられた。8世紀にイベリア半島がムーア人に占領され、ポルトガルもイスラム教徒の支配下となる。以後12世紀半ばに最初のポルトガル国王アフォンソ1世がレコンキスタにより国土をイスラム教徒から奪還すると、国内経済が生産と商業主体のものへと転換し、貨幣流通が農村へ拡大するなどした結果、国内経済が大きく進展した。その後13世紀半ばに、アフォンソ3世が首都をコインブラから遷都し、以後リスボンがポルトガル王国の首都となった。


8月:東京/台東編集

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日本編(2008.8)

台東区 (たいとうく) は東京の東側、いわゆる下町にある地区で、江戸時代から庶民の町として栄え、発達してきたところである。

山の手にあるような洗練された都会の雰囲気を備えた街とは趣が異なり、世界の他の都市の「旧市街」にあたるような、ごちゃごちゃとした中にも活気があり、人々の暮らしの息遣いがそのまま伝わってくるような雰囲気を持った街である。昔ながらの東京を知りたいのなら是非一度訪れたいスポットのひとつ。

地区内には実に個性的な見どころが多い。また、上野の森のように、文化の発信基地としての顔も持ち合わせている。

8月30日(土)第28回浅草サンバカーニバルが浅草寺周辺で開催される。


8月:イグアス国立公園編集

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世界編(2008.8)

イグアス国立公園ブラジルアルゼンチンの両国にまたがる広大な自然公園で、パラグアイとも国境を接している。大小無数の滝からなるイグアスの滝は世界遺産にも登録されている。

「イグアス」とは、原住民の言葉であるグアラーニ語で「大いなる水」のことである。広さはアルゼンチン側が約68,000ヘクタール、ブラジル側は約 185,000ヘクタールもある。このうち一般観光客に開放されているイグアスの滝の周辺は公園全体の約 0.3%を占めるに過ぎないが、それでも広大な区域である。

観光のハイライトは何と言ってもイグアスの滝であろう。滝の部分は全長2.7km程で半円形の形状をしており、そこに季節によって150から300もの大小さまざまな滝が流れ落ちている。観光客は滝の周辺に造られている遊歩道を伝って、さまざまな方向や高さから滝の景観を楽しむことができる。滝壷までの高さは約72mである。


7月:仙台市編集

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日本編(2008.7)

仙台市宮城県の県庁所在地で東北最大の都市である。杜の都と呼ばれ、仙台平野の中心に位置して中心部を広瀬川が流れる。

江戸時代に入るまでは千代と呼ばれ、町の規模も小さなものであったが、1600年に伊達政宗が青葉城を築き、町の名を仙臺へ改めた頃から発展が始まる。伊達氏62万石の城下町というだけでなく奥州街道の宿場町でもあり、元禄時代にかけて経済的にも繁栄した。戊辰戦争では仙台藩が政府軍に敗れ、町は敗戦の後遺症に苦しんだが、東北の中心地として政府の地方機関が設けられて再び発展し、鉄道や市電により交通面でも都市化の基礎が形成された。太平洋戦争中の1945年7月に米軍の無差別絨毯爆撃では多くの人命と文化財を失うが、戦後の高度経済成長で急速に復興し、新幹線と高速道路の開通で東京圏との物流・移動が飛躍的に向上した。

現在では人口100万人を抱え、東北地方の政治経済の中心であり、毎年8月6日から8日にかけて開かれる仙台七夕まつりは全国的に有名である。


7月:スミニャックとクロボカン編集

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世界編(2008.7)

スミニャック (Seminyak) とクロボカン (Kerobokan) は、インドネシアバリ島南部にあるリゾート地。クタレギャンなど他のリゾート地と比べてまだあまり開けていないエリアが多く、のどかな農村の中にヴィラ形式のリゾートホテルやレストランなどが点在する。

観光の名所を片っ端から観てまわるというよりも一箇所に「沈没」してとにかくのんびり過ごすための場所といった感じのところであり、ビーチでのサーフィンがクロボカンで考えられる数少ない遊びのひとつ。サーフィンのメッカであるクタのビーチより人がはるかに少ない分、むしろこちらの方が穴場。

島の西側に面しているので、天気がよければ海に沈むきれいな夕日を眺めることができる。日曜の夕方などは夕日を眺めに多くの人が集まり、屋台が出たりもする。


6月:祇園祭を歩く編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.6)

祇園祭八坂神社の祭礼であり、毎年7月に行われる京都で最大の祭。行事は7月1日から31日まで行われるが、最も注目を集めるのは7月17日の山鉾巡行とその前夜の宵山である。

宵山の見所は、まずはなんといっても巡行の時は遠目に見るしかない山鉾の御神体や装飾品を間近で見ることである。何百年も守り抜かれてきた装飾品から近年に新調したものまでいろいろだが、どれも京都の町衆が祭りを盛り上げるために入手してきた逸品ばかり。また、鉾によっては見物客が乗ることができるので、機会があればぜひ、屋根に描かれた鮮やかな絵柄などを楽しみたい。

山鉾巡行では32基の山鉾が四条通から河原町通、御池通を巡行する。先頭の長刀鉾は四条麩屋町で「注連縄切り」の儀式を行う。注連縄は東の神域と西の人間界との間を仕切る意味があると言われる。巡行を開始しここまで来た長刀鉾はいったん停止し、鉾に乗った生稚児が注連縄を太刀で一刀両断にする。交差点では曳山や鉾が方向転換のため「辻まわし」を行う。総重量10t超の鉾が回転していく様子は圧巻。注連縄切りと並ぶ巡行の見所で、四条河原町交差点は早くから人で埋まる。


6月:ヨセミテ国立公園編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.6)

ヨセミテ国立公園 (Yosemite National Park) は米国カリフォルニア州の中東部シエラネバダ山脈西側に広がる自然公園である。

1984年にユネスコにより世界遺産に登録された。3,081k㎡の総面積を持ち、氷河により削られた1,000mのそそり立つ絶壁に挟まれた渓谷、4,000mを超える白い花崗岩の山々と、そこに広がる草原、無数の湖沼、澄んだ小川の美しさで有名である。

全体の1%にも満たないヨセミテ渓谷が特に有名でほとんどの訪問者はそこを訪問するが、北部のハイシエラに広がるトゥオルム・ミドゥ (Tuolumne Meadows) 、南部にあるセコイアの大木で有名なマリポサ・グローブ (Mariposa Glove) 、タイオガ峠 (Tioga Pass) を抜けたところにあるトゥエンティ・レイク (Twenty Lakes) も見逃せない美しさを持っている。車で行ける所をまわるだけで十分楽しめるが、合計1,200kmにも及ぶ数多くのハイキング・コースを歩くと更にその美しさに触れることが出来る。また四季それぞれに違った美しさをもっており、何度も訪れてみたい所である。


5月:北海道編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.5)

北海道(ほっかいどう)は、日本の都道府県の一つで日本列島四大島の一番北の島。よく本州の人々は「北海道はでっかいどう」という親父ギャグを発する。面積は日本の面積の5分の1を占め、なおかつ人口密度は本州の4分の1程しかない。山は中央部に向かうと多いが日本の平均的な風景からすると少なく、また平野の面積も多いため、畑や牧草地が延々と続いている日本の中の異質空間と言えよう。この「広さ」を感じさせる理由として、特に150年程前まで日本人の開発の手が大きく加えられなかったことがあるだろう。その寒さゆえ、日本の弥生時代から稲を栽培せず、狩猟採集を中心としたアイヌ文化が延々と続いてきたのだ。そのため、日本本土の人が多く住まなかったと言える。また、その広さと人の少なさ故に、観光としては自然の名所が多い。人々はその雄大な北の自然に感動するのだ。


5月:ダブリン編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.5)

ダブリンはアイルランド島東岸に位置するアイルランドの首都。市の東西を流れているリフィ川を真ん中に挟み、ダブリン城界隈を中心にして円がひろがっていくような格好で都市が形成されている。市の西部には世界的に知られているビール会社「ギネス」の醸造所があり、町を歩いていると風向きによって麦を焙煎する香ばしい香りがただよってくる。J.ジョイスの小説『ユリシーズ』などの作品に、町の様子や人々の生活が取り上げられていることでも有名。90年代初頭までは長年の不況により人口の減少や治安や失業に悩んでいたが、「ケルテック・タイガー」と呼ばれる近年の爆発的な経済成長により、現在急ピッチで町の再開発や新たな商業地域の開発などが進められており、また町の規模と人口も爆発的に膨張しつつある。現在ヨーロッパでもっとも変化の激しい都市でもある。


4月:広島市編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.4)

広島市 (ひろしまし) は広島県の県庁所在地。中国地方最大の都市である。

太田川と、その支流の河口に発達したデルタ地帯の上に開けた街。市内には東から順に猿候川、京橋川、元安川、太田川(本川)、天満川、太田川放水路の6つの川が流れており、それらが街を形成するにあたっての骨格となっている。

昔から河川の整備には力を入れているようで、どの川沿いも緑が多く、桜が咲く4月頃から5月の新緑の季節にかけてはとてもきれい。特に元安川と太田川の川沿いと、それに挟まれるようにしてある平和記念公園界隈は桜の名所としても知られている。


4月:チェンマイ編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.4)

チェンマイ (Chiang Mai) はタイ北部最大の都市。昔のラーンナータイ王国の首都で、「北方のバラ」とも呼ばれている。寺院が多く、古都としての風格を備えていることから、俗に「タイの京都」と呼ばれたりもする。

4月13日 (日) ~15日 (火)ソンクラーン (タイ正月) にあたり、タイ各地で水掛祭りが行われる。


3月:館林市編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.3)

館林市 (たてばやしし) は、群馬県にある市。

都心から北へ約60kmの位置にある北関東の小都市。北は渡良瀬川、南は利根川にはさまれた沼の多い地域で、北西方向に赤城山を望み、冬から春先にかけて空っ風、夏は雷が発生しやすい。分福茶釜とツツジが有名である。1590年に榊原康政が館林城に入って以来の城下町として知られる。

春から夏にかけて、芝桜、桜、ツツジ、牡丹、ハナショウブ、ハスなど季節の花が観光客を呼び、また歴史と文化の都市として親しまれている。冬には多々良沼や城沼に白鳥がシベリアから飛来する。

内陸性気候で、市街地では夏40℃近くまで気温が上がることもあり、埼玉県熊谷市と共に全国一の最高気温を記録した街として報じられることでも知られる。

3月25日 (火) から5月11日 (日) まで、「こいのぼりの里まつり」 (→祭やイベント (3月)) を開催。


3月:上海編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.3)

上海(シャンハイ)は、中国の最大の商業都市。推定人口約1600-1700万人。上海は貧しい漁村だったが、開港とともに列強諸国が半植民地化した租界として発展する。東洋のパリとして西洋文化が開花する一方、スパイやマフィアが暗躍したため「魔都」とも呼ばれた。改革開放路線後は世界的な経済都市として発展しており、それに伴って外国人観光客やビジネス訪問者(駐在員も含む)が増加している。また、江南地方の観光拠点でもある。


2月:名古屋市編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.2)

名古屋市 (なごやし) は、日本中部地方、愛知県の県庁所在地。東京横浜市大阪市に次ぐ日本で4番目の人口を持つ都市である。

古くより穀倉地帯であった濃尾平野の中心地で、15世紀には戦国大名の織田氏により統治され、織田信長はこの地を足がかりに天下統一に着手した。そして、農民出身で信長の家臣となり、信長の後をついで天下統一を果たした豊臣秀吉は現在の中村区の出身である。

秀吉の死後、関ヶ原の戦いによって実権を握った徳川家康は、西国大名監視のため名古屋に巨大な城を築いた。近世を通じ、徳川御三家筆頭の尾張藩62万石の城下町として栄えた。

現在は中部地方の中心都市というだけでなく、近郊の豊田市にはトヨタ自動車の本社が、三重県鈴鹿市には本田技研工業の工場があるなど、世界でも有数の自動車産業の盛んな都市として知られている。


2月:ホイアン編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.2)

ホイアン (Hội An) は、ベトナム中部にある古い港町である。一時はこの辺り一帯の最大の交易拠点として栄え、街の中に中国人街や日本人街、オランダ人用の専用港が造られたりもした。しかし19世紀になると、土砂の堆積で港が浅くなり使いづらくなったこと、帆船から蒸気船へと交易船の主役が交代していく中で、交易拠点が次第にダナンなどに移っていったことなどが原因で街は急速に衰退し、一時人々の間から忘れ去られたような格好となった。このような形で近代化から取り残されたことが逆にホイアンにとって幸いする。現在ではベトナム国内有数の観光地の一つとして栄えており、歴史的な街並みを見に世界各国から多数の観光客が訪れる。


1月:福岡市編集

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2008.1)

福岡市(ふくおかし)は九州最大の都市で、福岡県の県庁所在地である。古くは弥生時代、「漢倭奴国王」の金印に代表されるようにこのころから人が多く住みついていた地域であり、古代・中世より栄えた港町である博多(はかた)は、大陸との交易などで大変な繁栄を見せた。鎌倉時代には元寇における前線基地ともなり、室町から戦国時代にかけては、武士の支配を受けない商人による自治都市となり、博多祇園山笠などに代表される独自の文化が栄えた。


1月:ホノルル編集

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2008.1)

ホノルル (Honolulu) はハワイ州の州都かつ最大の都市で、オアフ島の南岸に広がる。政治・交通・経済の中心であるのはもちろん、年間を通じて温暖な気候や豊かな自然に惹かれた600~700万人以上人々が世界各国から観光に訪れる大観光都市でもある。