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旅文庫

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旅文庫

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これは「お役立ち情報」の記事です。

世の中には実に多くの旅行関連の著作があり、それぞれが実に個性的な旅を描き出している。ただしそこで語られている体験の多くは我々が完全に追体験できるようなものではないし、また当然その必要もなく、さしあたりそれらの作品は、単に読み物として楽しめばいい性質のものである。だだ、ときとしてそれらの著作が、自己の旅のスタイルをより豊かにしてくれるような何がしかのヒントを与えてくれることがあることも確かだ。

ここでは、多くのウィキトラベラーにとって参考になるような、そんな先人たちの著した旅にまつわる本を紹介してみたい(単に「旅行関連書籍」としてもよかったのかもしれないが、ウィキペディアでは百科辞典としての性質上できないような、多少の遊び心を加えてもいいのではないかと思ったので、「旅文庫」と銘打ってみた。)

ハウツー本[編集]

『サラリーマン海外旅行術』小田島正人・川村進著 光文社知恵の森文庫[編集]

「サラリーマンを続けながら、楽しい海外旅行がしたい」という基本コンセプトの下に海外個人旅行に関するノウハウ・裏技に至るまでを紹介した、まさに「サラリーマンの、サラリーマンによる、サラリーマンのための」海外旅行のハウツー本。大体このような類の本はその道を極めたバックパッカー (あるいはそれに近い環境に身を置ける人) によって書かれることが多く、そこで紹介される数多のノウハウは金銭的な余裕は多少なりともあっても時間の取れないサラリーマンには活用できないものが多い (著者自身、そのような部分を批判的に捉え、バックパッカー諸氏とは明らかに距離を置いたスタンスで本書を執筆している) 。その意味で、あくまでもサラリーマン諸氏を対象に使える技術を紹介している本書は貴重な存在である。

内容もまず有給休暇の確保のしかた、上司の篭絡方法などから始まっているあたりは読んでいて思わずニンマリしてしまう (もっとも著者と異なる業態に勤める人がそれを丸呑みして行動できるわけではないのは当然のこと。それを意識してか、本書の中では休みの取り易い業態を紹介したコーナーもある) 。それ以外に取り上げられている内容も、航空会社の上手な活用方法および担当者のウソの見抜き方、現地での行動方法、旅行計画の立て方、知っていると得をする用語集など多岐にわたる。とにかく時間の取れないサラリーマンにとって活用できそうなノウハウも結構あるのがうれしいところ。

ただ、本書の著者はかなりマニアックな人で、ある程度の基礎知識がないと何を言っているのかわからない部分もある。その意味で、海外個人旅行について全くの入門者向けというより、どちらかというとある程度経験を積んできたサラリーマン海外個人旅行者が、同類の人がどうしているのか参考にするという感じの本である。

(ISBN 978-4334780890)

『「超」旅行法』野口悠紀雄著 新潮文庫[編集]

海外旅行の真髄は団体旅行ではなくて、あくまでも個人旅行だ、という著者の信念の下、それを実現するためのノウハウを数多く紹介している本。著者がこれまで (本書が書かれた時点で) 「70回近く行った」海外旅行から得てきた体験を下に書かれている。全編を通じどちらかというと「私の豊富な体験に照らして、このような場合はこうでなくてはならない」という感じの断定調のトーンが続くので、同様に旅なれた (別に70回程度なら特筆するような回数でもなかろう) ウィキトラベラーにとっては、物の見方・考え方が著者とは異なる部分について多少違和感を覚えるかもしれない (その分、どうしても批判的な読み方とならざるを得ない) 。

もっとも本書の読者として想定しているのは海外個人旅行などしたこともないような人たちであり、そのような人たちを何とか海外個人旅行へと連れ出そうという編集目的に照らせば、これくらいある種の独断と偏見に満ちた「啓蒙的」な書き方でもいいのかもしれない。また、文中取り上げられている情報や著者のノウハウの中には、確かにベテラン旅行者にとって有用なものもある。そのような視点で、各自取捨選択しながら内容を参考にすればいい類の本といえる。

(ISBN 978-4101256245, ISBN 978-4104329014)

ルポルタージュ[編集]

『12万円で世界を歩く』下川裕治著 朝日新聞社[編集]

今や「貧乏旅行の教祖」と崇められている(?)下川氏が1990年に一番最初に出した旅行関連の著作。その後朝日文庫に収められ、現在でも売られている。もともとは週刊朝日の企画記事として出発し、それが好評だったため単行本化されたものである。下川氏はこの著作でいわば貧乏旅行の権威として一躍有名になり、その後も貧乏旅行関連の類書を次々と刊行し続けている。編集として関わったものも含めれば「貧乏旅行」関連の著作は100冊を超えるであろう。

この本が出版された1990年当時というのは、プラザ合意以降円がだんだんと強くなり、海外旅行が人々の手に届くレジャーのひとつとして少しずつ一般的なものになってきた頃である。しかし、格安航空券というものの存在はまだ世間一般には広く認知されておらず、人々が海外旅行に対して抱くイメージは依然として「海外旅行=ぜいたく品」といったものから抜け出せていなかった。そのような時代背景のなかで、毎回予算として雑誌社から与えられた12万円を握りしめて世界のあちこちを旅行してまわった様子をルポにまとめる、という企画自体がとても新鮮であり、読んでいて思わずわくわくした記憶がある。

著者はこの本を出版することで、まず海外旅行が一般庶民の娯楽としても十分に成立するものなのだ、ということをまさに身をもって示してくれた。そして、海外でも、パック旅行以外に各人がめいめい勝手なスタイルで旅行を楽しめるのだ、ということをこれまた身をもって示してくれ、その後に続く「海外貧乏旅行」というスタイルを確立した。それらの意味において、この本は、おそらく多くの日本人旅行者にとって「目からうろこ」の本だったに違いない。

毎回確かに12万円で旅行をしました、という証明のため、この本にはちゃんと毎回の旅行にかかった費用の明細が付いている(もっとも、「12万円」というのは後のほうでは単にシンボル的な数字となったようであり、企画の後半では12万円を超える旅も何本か紹介されている)。果たしてそのこと自体が尊敬すべき性質のものなのか?という点はあるが、それはさておき、それら明細からは著者の旅先での苦労が読み取れ、これを眺めるだけでもなんとなく頭が下がる思いがする(実際本当にきつかったのであろう。アメリカ一周を紹介した回の明細では、人の荷物を運んであげたときもらった駄賃や拾ったお金が収入の欄に計上されているし、「貧しかった。」の一言で始まる「あとがき」には、明細を見て「3日目にあの地点でコーヒーを飲んでいるでしょ、あれは甘いと思う。」と指摘してきた読者に対して心底腹がたったといったようなエピソードが紹介されている)。

この本が世に出てから、「海外貧乏旅行」というものが世間に広く認知され、パック旅行などと並ぶ旅のスタイルとして確立されていくことになる。おそらくこの本の内容にあこがれ、また「格安航空券」と「海外貧乏旅行」というものの存在を知り、それを手に同じようにアジアや他の地域へと旅立っていった人たちも多かったのではなかろうか。

ただ、貧乏旅行というスタイルが確立してくるに従い、ある一時期、貧乏旅行という言葉が徐々に一人歩きしてある種のステレオタイプ化を生じさせるといった奇妙なことも生じた。つまり、貧乏旅行者同士がそのエアラインのシートをいくらで買ったかを競い、1円でも安い方を尊ぶといった風潮や、バンコクであればカオサンロードに宿を取らなければ貧乏旅行とはいえないといったような、ある種の求道精神ともいうべき現象が生じたのである。著者はこのような奇妙な風潮をどのように感じていたのであろうか?

上に述べたように、『12万円~』以降も著者は貧乏旅行に関する著作を次々と出版しているが、近時の著作では、以前ほどは貧乏旅行というスタイルを前面には押し出していない。むしろ、そのような著作を出し続けることで、結果として「貧乏旅行の教祖」として祭り上げられてしまったことへの戸惑いのようなものすら窺えるのである。

貧乏旅行というスタイルは結果的にそういうスタイルにならざるを得なかったのであって、はじめからそれを狙っていたのではない、という点については、下川氏が自己の著作の中で何度となく主張している。つまり下川氏が目指しているものは、型にはまった貧乏旅行というよりも自分流の快適な旅の追求であり、経済状況が許すのであれば、必ずしも「貧乏」というスタイルを選択する必要はない、というメッセージを最も強く伝えたいようにも思える。

閑話休題。ともあれ、必ずしも貧乏旅行という文脈で読まなくても、自己流の旅のスタイルを求めるという意味でもこの本はとても刺激的なものであるし、今パラパラ眺めても、出版当時の輝きを失っていない。ウィキトラベラーにとって、ぜひおススメの1冊である。

(ISBN 978-4022611840, ISBN 978-4022561206)

旅行記[編集]

『The Old Patagonian Express』Paul Theroux, Penguin Books[編集]

欧米では有名な旅行作家の一人、ポール・セローの作品。作者の自宅(当時)のあるボストンから列車を乗り継ぎ、南米大陸のパタゴニアまで旅をしたときの様子や旅先で出会った人々との交わりを軽妙なタッチで書いた旅行記である。

この作家は、とにかく普通の人が考えないようなルートを考え付くことで有名で、ここで紹介した作品以外にも、例えばロンドンからヨーロッパ、中近東、それに日本を含むアジア諸国を抜けてロシアに渡り、シベリア鉄道を使って再びロンドンに戻る、といったルート(『The Great Railway Bazaar』)であるとか、アフリカ大陸縦断(『Dark Star Safari』)など、どれもがとにかく通常の旅行者の想像を超えるようなものばかりである。もちろん単に考え付くだけでなく、実際に踏破してしまう。

この作家の旅のもうひとつの特徴は、とにかく徹底的に陸路にこだわること。こんな、下手したら地球を1周してしまいそうなルートでも基本的に移動手段は鉄道であり、鉄道がない地域はバスや船、あるいはヒッチハイクといったように、まさに地を這うような旅を何ヶ月も続けて目的地に至る。途中飛行機を利用することもあるが、それもゴールからスタート地点に戻る場合だけとか、物理的に見て他に手段がない場合、といった徹底ぶりである。これだけの表現だと何だかさらっと流れてしまうが、実際よく考えればとてつもなく大変なことである。アフリカ大陸の中央部なんか、鉄道はおろか、そこに道があるのかさえよくわからないところが多々あるし、そのようなルートをたどってようやく着いた国境に、国境管理事務所があるという保証もない(そして、そこまで来たルートを引き返せるという保証もないのである)。そんな、時にはルートともいえないようなルートを、地元で得た情報とカンで次々と越えていくのだ。実に見事なものである。

このような内容を扱った本というのは、大体は探検に関する部類のもので、行程過酷さだとか極限状況での振舞い、といったものばかりが前面に出てきてしまうものだが、この作者の作品は全然そんなところがなく、作品全体を通じて軽妙な語り口の旅行記に仕上がっている(ルートから考えれば実際かなりきつい場面も多数あるはずなのだが、作者の持ち前のユーモアからか、旅の悲惨さを滲ませるどころか、かえってそれらを笑い飛ばしてしまうようなところもある)。

表題で紹介した『The Old Patagonian Express』もそんなセローの作品群のひとつ。氷点下の凍てつくような冬のある日ボストンから汽車に乗り込み、達磨のように着込んだ衣服を一枚一枚脱ぎながら次第に南下していく。そしてあるときは炎天下の中米でほんの数キロ動いては故障でその場に何日も立ち往生してしまうようなローカル列車を呪い、またあるときは内戦状態にある地域をどのようにして越えていくかで頭を悩ませ・・・、といった具合に何ヶ月もかけてゆっくりゆっくりと旅をつづけ、南米大陸南端のパタゴニアに至る。

この作品が書かれたのは1970年代である。このため、そこで紹介されていた中南米の鉄道の多くは既に廃線となっていたり、また当時内戦下にあった中米諸国も今はもう内戦が終結し、当時作者が歩を進めるかどうか迷ったようなルートをいとも簡単に踏破できたりといったように、書かれた当時とは現地の状況が大きく変化している。そんな訳で旅の情報源という点では古すぎてとても使い物にはならない。ただ、そこで語られている作者自身の旅のスタイルへのこだわりや、中南米全体の雰囲気を感じ取るという点では今読んでも十分に価値のある本だといえる。

こんなセローの数々の旅行記であるが、残念ながら日本語に翻訳された作品がない(かつて何冊かの訳書があったが、現在では既に絶版になっている)ので、ペーパーバックなどの原書にチャレンジするしかない。ただ、比較的平易な英語で書かれている(セローは小説家で、作品の中にもところどころ凝った表現や難解な単語を使うので、ページによっては何を言っているのかさっぱりわからないような部分も確かにあるが、そんな箇所は読み飛ばしてしまってもよい)ので、興味のある方はぜひ挑戦していただきたい。旅に関して、きっと期待する以上の「何か」が得られるはずである。

(ISBN 978-0395521052, ISBN 978-0241102855)

『深夜特急1~6』沢木耕太郎著 新潮文庫[編集]

ノンフィクション作家、沢木耕太郎の手による旅行記。インドデリーからイギリスロンドンまで乗り合いバスで行く。ある日そのように思いたった、駆け出しのルポライターである26歳の著者が、ぼちぼち増えてきた日本での仕事の依頼をすべて白紙にして、果たして乗り合いバスでロンドンまでたどり着けるか友人と賭けをし、首尾よくロンドンまでたどり着けたら、街の中央郵便局で凱旋の電報を打つと言い残して香港へと旅立った。着いた先の香港という街が放出するすさまじいまでの熱気に酔いしれて「ゴールデン・パレス・ゲストハウス」という得体の知れない安宿に長居し、マカオで「大小」という名の博打に入れあげて路銀を失いそうになり、はたまたマレーシアペナンでは底抜けに明るい売春宿に居候したりといった「波乱万丈」の旅をしながら南下を続け、ようやくスタート地点のデリーにたどり着く。そこからもいろいろな得がたい体験を重ねながら西へ西へと移動を続け、ユーラシア大陸の西端で自分の旅の潮時を感じ、「ワレ到着セリ」という凱旋の電報を打ちにロンドンの中央郵便局へと向かうが…。

このように書いてしまうと、何だか冒険活劇のように思えてしまう (実際そのような面が全くないわけでもない) が、実際読んでみればわかるとおり、この作品は、訪れる場所々々で「26歳の私」がそこの空気に酔いしれつつも旅の途上で重ねて行く体験を、著者というもう一人の「私」が半ば第三者の目で切り取って読者の前に次々と並べて見せるような格好となっている。その意味では、昨今巷に溢れているような、単に自分が体験したエピソードを面白おかしく綴ったような、冒険活劇的な旅行記とは全く異質の作品といってもよい。

作品の体裁からして、一見著者がそのとき体験したことをあたかもその場で綴ったような、ルポのような感じも受けるが、本の中 (高田宏との対談) でも書かれているとおり、実際に著者がこの作品を書き始めたのは旅が終わって11年ほど後のことであり、完結編である『深夜特急 第三便 飛光よ、飛光よ』の完成にはさらにそれから約6年の歳月を費やしている。つまり、著者は「26歳の私」からは一定の距離を置きつつ、そのとき「私」が感じたであろうさまざまな思いを、10年以上の時を経てからあらためて思い起こし、反芻した上で綴っていることになる (酒に喩えればその分熟成が進んだような、旅のエッセンスが読者の前に置かれていることになるわけだ) 。人間の記憶などそれほど正確なものでもないし、そこには多少の脚色 (そこまで言わないまでも、そのとき著者が感じた「であろう」ことがら) も随所に含まれているのではないかと思われる (ただしこれはルポではなくてあくまでも一つの文学作品であり、あえてそのことをどうこういう必要もないだろう) 。

読んでいて面白いのは、やはり作品の前半部分、香港についたあたりから本当の意味での旅のスタート地点である、インドに向けて旅立つくらいまでである。このあたりは初めて海外へと旅立った著者が見るもの聞くもの全てに興奮しているような感じが伝わってくるし、そのことを初めて海外旅行へ行ったときの自分の経験と重ね合わせて、わくわくしながら読み進むことができる。後半も決して面白くないことはないのだが、だんだんと旅が非日常から日常へと変わっていくことに対する倦怠感のようなものが漂い始めてくるし、終わりに近づくにつれて何となく自己の旅を総括しようとする雰囲気になってくるので、前半部分ほどの躍動感がなくなり、読み物としては素直に楽しめなくなる。実際、著者も作品の中で「旅がもし本当に人生に似ているものなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。 (中略) 私の旅は多分青年期を終えつつあるのだ。何を経験しても新鮮で、どんな些細なことでも心を震わせていた時期はすでに終わっていたのだ。そのかわりに、辿ってきた土地の記憶だけが鮮明になってくる」と述べている。

作品の舞台は1970年代前半であり、当然のことながらその後の世界は大きく様変わりしている。国際情勢も大きく変化し、その当時著者が通ったルートを今そのままなぞれるわけでもない。ただ、著者がこの作品で綴った、1年あまりの旅で得た感動や体験、そして人々との出会いを通じて得た心模様などの部分は決して色あせることがないし、それが時を経てこの本に巡り合った人の心を打つ。その意味ではこれも当時の輝きを失っていない本の一つと言える。実際、この作品に触発されてバックパックを背負い、ユーラシア大陸へと旅立った人々も多かったのではなかろうか。

軽い読み物としても読めるし、旅先の宿での枕元の一冊としておすすめしたい、「旅のバイブル」といった感じの香りがする本である。

エッセイ[編集]

業界事情[編集]

『H.I.S.机二つ、電話一本からの冒険』澤田秀雄著 日経ビジネス人文文庫[編集]

旅行会社、H.I.S.の会長である著者が、創業期から事業の拡大期を経て、今日のような旅行業界を代表する企業の一つにまで会社を育て上げたさまを綴った自伝的要素の濃いビジネス書。中で触れられている内容は、ベンチャー企業をいかにして成長させていくか、経営管理のノウハウなど、若い起業家向けに事業成功の秘訣を書いた部分が多いが、触れられているのが旅行業界のことだけに、ウィキトラベラーにとっても参考になることと思う。この本を読むことで例えば格安航空券のしくみであるとか、旅行業者が旅行者のニーズをどのように捉えて企画商品を開発し、マーケティング・販売を行っているのか、その結果をどのようにして次の商品開発につなげるのかなど、業界の大まかな実情を把握することができるからだ(それを知った上で主体的に行動するのとそうでないのとでは大きな違いだ)。また、著者自身かつてバックパッカーとして世界の各地を放浪した経験を持っており、そのような体験を通して身につけた旅行者の視点が端々に出ている点も読んでいて共感できる(当然といえば当然だが、創業期のころのエピソードにはそのような点がちりばめられてある)。

さらに、本書で取り上げられている時代背景も興味深い。著者がH.I.S.の前身の企業を立ち上げたのが1980年であり、その後プラザ合意による円高を背景に海外旅行のブームが生じ、といったこの本で取り上げられている時代は、先に取り上げた下川裕治氏の『12万円で世界を歩く』といったような一連の著作とも見事に合っているからである。ちょうどそのような時期からこれまでチケットを売り続けてきた側とそれを買って旅行に出続けてきた側の様子を、共通する時代背景といういわば合わせ鏡を通して見るような読み方もできて興味深い。いわゆる旅行術のハウツー本ではないが、長年旅行業界で働いてきた著者の貴重な経験が語られているだけに、業界の全体の雰囲気とか行動原理を把握するのには参考になる本である。

(ISBN 978-4532193157)

その他[編集]