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今月の旅行先一覧/2017年

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今月の旅行先一覧 : 2017年
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今月の旅行先一覧/2017年

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12月:六甲山[編集]

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日本編(2017.12)

思わず歓声をあげてしまう1000万ドルの夜景。

六甲山 (ろっこうさん) は兵庫県神戸市から芦屋市西宮市宝塚市にかけて、東西およそ30kmにおよぶ山岳である。

古くから、摂津の海岸から有馬温泉へ魚などの生鮮食品を運ぶルートが開かれていたことで知られており、北部の丹波地方から酒づくりが盛んな灘五郷への山越えのルートもあった。安土桃山時代から江戸時代にかけては、御影石の採掘や燃料用の薪の採取などにも利用されてきた。

幕末の神戸開港後は、欧州から居留した人々のレクレーションとしてはじめられた登山やハイキングが人々の間に広まり、また、日本初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」も設けられるなど、レジャースポットとしての人気も高まった。昭和に入ってからは、民間事業者や行政機関による観光地・保養地としての開発も進められてきた。

12月:ジョージタウン (マレーシア)[編集]

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世界編(2017.12)

ルブ・チュリア(チュリアストリート)でトライショーに乗る観光客

ジョージタウン (George Town) はマレーシアペナン州の州都。福建系の華人が多く住むことで知られている。

マレー半島北西部のペナン島にある、人口約60万人を数えるマレーシア国内の主要都市の一つ。街の歴史は古く、シンガポールマラッカと並び、宗主国のイギリスによってマラッカ海峡に面した3つの植民都市のひとつとして造られた。街が開かれたのは1786年で、イギリス人の貿易商人、フランシス・ライトが中心となって建設が進められた。

植民地時代のコロニアルな様式の建物や、中国系移民によって建てられた伝統的な様式の建築物が数多く残り、エキゾチックな雰囲気を醸し出していることでも広く知られており、2008年に街全体がユネスコの世界遺産に登録された。

国内でも有数の美食の町としても広く知られており、中華系、マレー系、インド系の料理を中心に、滞在中、安くてうまい料理をいろいろと楽しむことができる。


11月:福島市[編集]

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日本編(2017.11)

芭蕉も立ち寄った名湯、飯坂温泉。

福島市(ふくしまし)は福島県中通り県北地方にある市。福島県の県庁所在地である。

東京から北へ260km、奥羽山脈と阿武隈高地に挟まれた、福島盆地とその周辺部分に位置している。市内には信夫山、西に吾妻連峰、南西に安達太良山を望む。吾妻連峰の裾野では、果樹栽培が盛んであり、特に桃の生産量は日本一を誇っている。また、梨の栽培も盛んである。

市内に「よらんしょ こらんしょ まわらんしょ、ささか さかさか 飯坂へ…」という歌で有名な飯坂温泉がある。

11月:オスロ (※10月分継続掲載)[編集]

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世界編(2017.10)

オスロ大聖堂

オスロ(Oslo)はノルウェーの首都。

外海から約100km奥まったところにある。ノルウェー国王のハーラル3世によって1050年に築かれ、ホーコン5世在位中の1299年に公式に首都となった。1624年の大火で壊滅的な被害を被るがその後復興し、1925年に旧名のオスロに戻るまで、一時クリスチャニアという名称に改称されていた。

オスロ市民にとってノルディックスキーはとてもなじみのあるスポーツであり、1952年には冬季オリンピックが開催されている。北極圏に近いにもかかわらず、メキシコ湾流の影響で比較的温暖である。高緯度にあるため、日照時間は夏の18時間から冬の6時間まで、変化の幅が広い。夏至の頃は4時近くに夜が明け深夜の23時近くまで太陽が出ているが、逆に冬至の頃は9時台にならないと夜が明けず、15時過ぎには日没となる。


10月:福山市[編集]

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日本編(2017.10)

福山城

福山市(ふくやまし)は日本中国地方広島県東部にある市。備後地方最大の都市であり、中核市にも指定されている。

古くから備後国の要地であった。さらに遡ると、万葉の時代から瀬戸内海の海運の中心地であった鞆の浦や、中世に芦田川河口に栄えた草戸千軒町遺跡等の歴史を誇る。その草戸町にある明王院五重塔と本堂が国宝。しかし今日の福山の基を築いたのは、江戸時代初期、山陽道の守りとして備後国東部を治めることとなった徳川家康の従弟で重臣でもあった水野勝成が、この地に福山城を築いたことであろう。琴の生産が全国シェアの7割を占め、名曲「春の海」を生んだ地でもある。また下駄の製造量も日本一で、松永駅近く(旧・松永市)で伝統産業として製造されている。

10月:オスロ[編集]

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世界編(2017.10)

オスロ大聖堂

オスロ(Oslo)はノルウェーの首都。

外海から約100km奥まったところにある。ノルウェー国王のハーラル3世によって1050年に築かれ、ホーコン5世在位中の1299年に公式に首都となった。1624年の大火で壊滅的な被害を被るがその後復興し、1925年に旧名のオスロに戻るまで、一時クリスチャニアという名称に改称されていた。

オスロ市民にとってノルディックスキーはとてもなじみのあるスポーツであり、1952年には冬季オリンピックが開催されている。北極圏に近いにもかかわらず、メキシコ湾流の影響で比較的温暖である。高緯度にあるため、日照時間は夏の18時間から冬の6時間まで、変化の幅が広い。夏至の頃は4時近くに夜が明け深夜の23時近くまで太陽が出ているが、逆に冬至の頃は9時台にならないと夜が明けず、15時過ぎには日没となる。


9月:式根島(8月分継続掲載)[編集]

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日本編(2017.9)

神引展望台から見た式根島の海岸線

式根島(しきねじま)は、伊豆諸島にある島。

東京港の竹芝桟橋から約170kmのところに位置する周囲12km、面積3.9㎡ほどの小さな島。もともとは新島と地続きだったが、1703年の大地震と津波によって分断され、それぞれ別の島となったとされる(ただしこれは旅行ガイドが広めた単なる俗説で、両島はもともと別の島だったとする説もあるようである)。そのような成り立ちの真偽はともかく、実際に式根島は新島から至近の距離にあり、両島の間は最も近いところで3kmほどである。

「式根松島」の異名のとおり、本家宮城の松島同様、リアス式の美しい海岸線が続く。海岸沿いには名物の海中温泉や釣りのスポットが広がっている。小さいながらもいろいろと変化に富んでおり、観光的にはなかなか面白い島である。

9月:ナンディ(8月分継続掲載)[編集]

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世界編(2017.9)

ガーデン・オブ・ザ・スリーピング・ジャイアント

ナンディ(Nadi)は、フィジービチレブ島の西部にある都市。

首都スバ(Suva)、ラウトカ(Lautoka)に次ぐフィジーで3番目に人口が多い都市で、雨が少なく晴天に恵まれやすいため、国際空港が建設され、国内の観光の拠点はもちろん、南太平洋諸国へのゲートウェイとしての役割を果たすようになった。

フィジーにはサトウキビを輸送するために使われる鉄道(サトウキビ運搬鉄道)があり、ナンディでもサトウキビの運搬車が道を横切るようなのどかな光景を見ることができる。また、市内とその周辺には、ヒンドゥー教寺院のスリ・シヴァ・スブラマニヤ・スワミ寺院や、世界中のランを集めて造った庭園、ガーデン・オブ・ザ・スリーピング・ジャイアントなどの見どころがある。


8月:式根島[編集]

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日本編(2017.8)

神引展望台から見た式根島の海岸線

式根島(しきねじま)は、伊豆諸島にある島。

東京港の竹芝桟橋から約170kmのところに位置する周囲12km、面積3.9㎡ほどの小さな島。もともとは新島と地続きだったが、1703年の大地震と津波によって分断され、それぞれ別の島となったとされる(ただしこれは旅行ガイドが広めた単なる俗説で、両島はもともと別の島だったとする説もあるようである)。そのような成り立ちの真偽はともかく、実際に式根島は新島から至近の距離にあり、両島の間は最も近いところで3kmほどである。

「式根松島」の異名のとおり、本家宮城の松島同様、リアス式の美しい海岸線が続く。海岸沿いには名物の海中温泉や釣りのスポットが広がっている。小さいながらもいろいろと変化に富んでおり、観光的にはなかなか面白い島である。

8月:ナンディ[編集]

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2017.8)

ガーデン・オブ・ザ・スリーピング・ジャイアント

ナンディ(Nadi)は、フィジービチレブ島の西部にある都市。

首都スバ(Suva)、ラウトカ(Lautoka)に次ぐフィジーで3番目に人口が多い都市で、雨が少なく晴天に恵まれやすいため、国際空港が建設され、国内の観光の拠点はもちろん、南太平洋諸国へのゲートウェイとしての役割を果たすようになった。

フィジーにはサトウキビを輸送するために使われる鉄道(サトウキビ運搬鉄道)があり、ナンディでもサトウキビの運搬車が道を横切るようなのどかな光景を見ることができる。また、市内とその周辺には、ヒンドゥー教寺院のスリ・シヴァ・スブラマニヤ・スワミ寺院や、世界中のランを集めて造った庭園、ガーデン・オブ・ザ・スリーピング・ジャイアントなどの見どころがある。


7月:鳥取市[編集]

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日本編(2017.7)

観光客で賑わう鳥取砂丘の「馬の背」

鳥取市(とっとりし)は鳥取県の県庁所在地。

日本海海岸に広がる日本一広大な砂丘、鳥取砂丘で有名。代表的な眺望スポットである「馬の背」と呼ばれる小高い丘の頂からの眺めのほかにも、世界で唯一砂の彫刻を展示する「砂の美術館」やサンドボードやラクダ遊覧など、広大な砂場を舞台にした様々なアトラクションなど、砂に因んだ多彩な観光資源があり、多くの観光客を引き付けている。また市内には、温泉施設や鳥取城跡をはじめとする史跡などの見どころもある。

2004年11月に国府町、福部村、河原町、用瀬町、佐治村、気高町、鹿野町、青谷町を編入合併し、山陰地方最大の都市となり、2005年4月に山陰地方初の特例市に移行した。

7月:カサブランカ[編集]

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2017.7)

メディナ

カサブランカモロッコ北部にある、同国最大の都市。

紀元前10世紀にベルベル人がアンファという地域に定住したのが、カサブランカの始まりだといわれている。12世紀後半にはすでに貿易の中心として発展していた。14世紀にイスラム化が始まったが、15世紀にアンファの港を拠点とする海賊船がポルトガルスペインを襲たことへの報復として町が焼き払われてしまった。その後18世紀に町が再建され、羊毛の取引を中心に発展する。20世紀初頭にフランスに占領されて以降、急速に近代化の道を進んだ。

第二次世界大戦後にモロッコがフランスから独立すると、モロッコ最大の都市として繁栄し、モロッコを訪れる外国人観光客の玄関口となっている。モロッコの商業・金融の中心地としても有名。


6月:指宿市[編集]

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日本編(2017.6)

懐古園

指宿市(いぶすきし)は鹿児島県南部、薩摩半島にある市である。

鹿児島県南部、開聞岳の麓に開けた、薩摩半島の南端にある温泉を核とした保養都市として知られる。

年間を通じて気候が比較的温暖なことから「日本のハワイ」を自称しており、地元で売られている「指宿温泉サイダー」のラベルなどにもそのようなイメージがあしらわれている。海岸沿いにある砂蒸し風呂などで有名。

6月:ミンスク[編集]

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世界編(2017.6)

独立広場に建つレーニン像

ミンスク (Minsk) はベラルーシの首都。

近代と現代が同居したような町で、近代建築が多数残されヨーロッパらしい町並みが続くネザヴィシモスチ通り周辺や、市庁舎や聖霊大聖堂などが建ち並ぶ旧市街の一画のすぐその向こうに、現代のビル群のスカイラインが形成されている。また、その景観の中に、所々冷戦時代を象徴するかのような無機質で巨大かつ威圧的な感じの建物が割り込むようにして建ち、ひときわ異彩を放っている。

中でも独立広場は、政府機関関連の建物と思われる、冷戦時代そのままの建物に取り囲まれるような恰好になっており、広場のレーニン像と相まって、ある種モスクワなどよりも冷戦時代の雰囲気をそのまま今に伝えるような、生きた博物館のような様相を呈している。隣国であるリトアニアラトヴィアエストニアなどがソ連邦時代の色をできるだけ抜こうと腐心しているのをつぶさに見た後でこの町に流れてくると、近くにありながらもやはりこちらはロシア圏の町であり、バルト三国の町とは異質な町であることを実感する。


5月:小諸市[編集]

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日本編(2017.5)

懐古園

小諸市(こもろし)は長野県東部にある市。

長野県東部、浅間山の南斜面に広がる高原都市で、市の中央部を千曲川が流れている。中山道、北国街道及び甲州街道の交わる交通の要衝であり、かつて小諸藩の城下町として栄えた。江戸時代から多くの問屋が集まる商業都市としても知られており、江戸時代から明治時代にかけて多くの文化人や商人の往来があった。北国街道の町並みなど、当時の面影が史跡として市内の随所に残されている。

「小諸なる古城のほとり/雲白く遊子悲しむ」で始まる島崎藤村の手による詩、「千曲川旅情の歌」でも有名。

5月:タシケント[編集]

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2017.5)

タシケント・タワーから眺めるタシケントの夜景

タシケント(Tashkent、Toshkent、Тошкент)はウズベキスタンの首都。

約230万人以上の人口を抱える、ウズベキスタンで最大の都市である。タシケントとは「石の町」という意味であり、11世紀ごろから現在の名称で呼ばれるようになった。1809年にはコーカンド・ハン国の支配下に入り、当時の人口は10万人を越えてロシアとの交易で栄える経済都市となった。また、1865年に始まった帝政ロシアによる支配により、ロシアの影響を感じさせる町並みが形成されてきた。

1966年4月26日には大地震に見舞われ、多くの建築物が倒壊したが、震災後に計画的な都市作りが行われ、ソ連の影響を感じさせる近代都市に生まれ変わった。町の街区は大まかに新市街と旧市街に分けることができ、地震の後再建され、町の大部分を占める新市街には、旧ソ連式の建物と近代的な建物が建ち並ぶ。また、旧市街には中世のイスラム建築が点在している。


4月:呉市[編集]

今月の旅行先アーカイブ
日本編(2017.4)

呉の造船所

呉市(くれし)は広島県の中南部、安芸地方にある都市。

広島市の東南に位置する港町である。江戸時代までは小さな港町にすぎなかったが、明治22年に帝国海軍呉鎮守府を、明治36年には呉海軍工廠を設置し、旧日本海軍第一の軍港として栄えた。呉海軍工廠では当時の日本の技術の総力が結集され、さまざまな兵器・戦艦などが製造されていた。大正期に建造された戦艦「長門」や、第二次世界大戦開戦直前に建造された、世界最大にして日本海軍最強の戦艦「大和」がその代表的なものである。

日本最大の海軍基地であったため、第二次大戦末期には真っ先に米軍の攻撃目標になり、鎮守府の施設や、海軍工廠、市街が壊滅的な被害を蒙ったが、戦後、海軍工廠の跡地に造船業や重化学工業の工場群が立ち並び、瀬戸内海地方を代表する工業都市としてよみがえった。自衛隊発足後は、海上自衛隊呉地方総監部も置かれている。

最近では、戦前最も発展した頃の呉の時代を振り返り、それを未来へつなげていこうとする取り組みも盛んである。

4月:コペンハーゲン[編集]

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世界編(2017.4)

チボリ公園内の湖

コペンハーゲン(Copenhagen、København)はデンマークの首都。

ユトランド半島とスカンジナビア半島の間に位置するシェラン島の北東部に位置し、市街地はアマー島にまで広がっている。

中世以前は地理的にさほど重要視されず、周辺地域も含め顧みられることがなかったが、11世紀初めごろにスヴェン1世とその息子のクヌーズ1世よって発見され、漁港として使われた後、17世紀にクリスチャン4世の下で多くの建築物が建てられ、北欧を代表する都市のひとつとして発展を遂げた。

景観にこだわった都市で、建築物の建設の際は、周囲の建築物との調和が義務付けられている。また条例により、市庁舎の塔(105.6m)より高い建築物は禁止されているため、高層ビルもない。


3月:大洗町[編集]

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日本編(2017.3)

「あんこうの吊るし切り」実演中

大洗町(おおあらいまち)は、茨城県の太平洋岸のほぼ中央にある町。

太平洋に面し、那珂川と涸沼川に囲まれた半島状の細長い形をしており、湾形をした海岸線の中央部の低地に市街地が形成されてる。海岸は遠浅の砂浜となっており、古くから沿岸漁業が盛んな土地柄である。

鹿島灘ハマグリや常磐もののアンコウなどの水産物で知られている。

3月:シェムリアップ[編集]

今月の旅行先アーカイブ
世界編(2017.3)

オールドマーケット地区の街並みとドリアン売り

シェムリアップ (Siem Reap) はカンボジア西部にあり、アンコール遺跡の観光拠点になる町。

南北に流れるシェムリアップ川の両岸に町が開けている。中でも賑やかなのが、左岸の南側に位置するオールドマーケットを中心とするエリアで、オールドマーケットやパブストリートなどの観光スポット周辺に多数のレストランやパブ、ホテルなどが立ち並び、いつも観光客でにぎわっている。また、この周辺の建物は植民地時代のコロニアルな雰囲気を残した重厚な造りのものが多く、落ち着いた感じの町の雰囲気を醸し出している。


2月:由布市[編集]

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日本編(2017.2)

朝霧に魅せられる冬の金鱗湖

由布市(ゆふし)は大分県にある市。

2005年に湯布院町と大分郡庄内町・挾間町が合併してできた市で、市の北西部には九州を代表する温泉地の一つとして有名な由布院温泉がある。

温泉街にありがちな歓楽街としての色を排除したまちづくりを行ってきたことでも知られており、由布院温泉に関わる多くの人々が、戦後の巨大ダム建設計画や、1975年に発生した直下型の大分県中部地震、バブル期の大規模リゾート開発の波、2016年の熊本地震による風評被害など数々の苦難を乗り越え、長年にわたって地元の人々のくらしと自然を活かした観光振興に取り組んでいる。

2月頃には、市内の金鱗湖周辺で、右画像にあるような朝霧を楽しむことができる。

2月:モントリオール[編集]

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世界編(2017.2)

モントリオール旧港

モントリオール (Montréal) はカナダ東部のケベック州の都市。

メープル街道の中間点に位置し、ここを拠点にローレンシャン高原への観光客などが多く訪れる。かつてはカナダ最大の都市であったが、現在はその座をトロントに譲り第2の都市になっている。モントリオールを含むケベックは16世紀にフランス領となった後、英仏戦争でフランスが大敗した為、イギリス領となった。その後イギリスの植民地から独立国家の道を歩むが、これらの過程において英語の使用強制がイギリスによってなされなかった為、現在までフランス語圏を維持している。

一年を通して文化的行事も多く、「フランスの交響楽団よりもフランス的」と称されたモントリオール交響楽団、世界的にその評価結果が認められているモントリオール国際映画祭、ジャズの祭典モントリオールジャズフェスティバル、今や日本にも常設劇場を有するシルクドゥソレイユなど文化的発展に力を入れている。


1月:長崎市[編集]

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日本編(2017.1)

ランタンフェスティバルの飾り付けをした眼鏡橋

長崎市(ながさきし)は長崎県の県庁所在地。

東シナ海に面する長崎湾の最奥部にあり、平地が少なく、山の上まで住宅が連なる坂の町として知られる。戦国時代にポルトガルとの交易のための港を開くよう要請を受けたことが町の由来で、江戸時代の禁教・鎖国政策により、外国人の居住や交易が著しく制限された時期もあるが、ポルトガル人が伝えた南蛮文化は後代へと継承され、オランダ中国の文化も融合して独特の文化が築かれていった。開国後は、横浜神戸などと並ぶ貿易港としての地位を確立し、三菱重工の長崎造船所が設けられるなど、造船を中心とした工業の町としても発展を遂げた。

1945年8月9日の原爆投下によって南部を除く長崎市街の3分の2以上が灰燼に帰し、一瞬にして70,000人以上の尊い人命が失われるなど、大きな被害を受けた。戦後の目覚しい復興により長崎はその繁栄を取り戻したが、原爆の記憶は60年以上経った現在も全く薄れることなく、同じ被爆都市である広島市と共に「平和」の大切さを世界中に発信しつづけている。

2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界遺産に登録。飽の浦の三菱重工業のクレーンや小菅修船場、軍艦島などが世界遺産に登録された。更に2018年登録予定の「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」により大浦天主堂や外海の教会などが暫定リストに入っている。

1月27日から2月11日まで、「長崎ランタンフェスティバル」が開催される。

1月:デトロイト[編集]

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世界編(2017.1)

デトロイト川の対岸ウィンザー(カナダ)から見たデトロイト中心部のビル群

デトロイト (Detroit) は、アメリカ合衆国ミシガン州の南東部、五大湖のエリー湖とヒューロン湖を結ぶデトロイト川に面する都市。

「モーター・シティ」の愛称がある、米国三大自動車メーカーが本拠地とする街。自動車組み立てラインの誕生から、モータウンサウンド、現代的なテクノとロックミュージックまで、世界に影響を与える文化の発信地であった。1970年代以降に日本車メーカーの攻勢を受けて衰退の一途をたどり、全盛期は180万人を超えていた人口も、現在は70万人ほどとなった。2009年にゼネラルモーターズ(GM)とクライスラーが経営破たん、2013年には市自体が財政破たんとなり、現在は犯罪率や貧困率が全米トップクラスの高さとなって、「近未来のデトロイト」が舞台である映画「ロボコップ」が描いていた様子そのもののような状況になってしまっている。

しかし、今も世界5大モーターショーの一つである北米国際オートショーの開催地であるなど依然として米国を代表する自動車産業の街であり、また家賃の安さからスタートアップ企業が多く集積されつつある。市も研究機関の誘致や中心部にある歴史的建造物の修繕・再開発に取り組んでいる。