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世界の旅
ブリスベンはオーストラリア、クイーンズランド州の州都で、オーストラリアで三番目に大きい都市である。
かつて、西洋人が入植する前まではアボリジニのターバルと呼ばれる人々が生活しており、1823年にジョン・オクスレイの探検隊がブリスベン川の探検を行った事を皮切りに、1824年、流刑植民地が現在の市中心部に設立され、一般の西洋人が入植を開始するのは1838年からである。1859年、ブリスベンを州都としクイーンズランド州としてニューサウスウェールズ州からの独立を宣言するも、正式に認められるのは1902年である。
ブリスベン近郊は真冬でも最低気温が5度を下回ることはまずない。ただし、内陸へ30分も車を走らせるとブリスベンとは気温が変わり、現地の人には「イプスウィッチ(ブリスベン近郊の街)では夏はブリスベンより10度高く、冬は10度低い」とブリスベンを引き合いに出されることもある。少し大げさではあるが、ブリスベン近郊でもかなりの気温差があるので、服装は訪れる先によってよく考えた方がよい。
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日本の旅
下関市は山口県の南西部にある都市である。本州最西端であり、福岡県北九州市と関門海峡を挟んで接している。
下関市は、その地理的重要性から、日本の歴史の重要な場面に度々登場してきた。古くは12世紀末、源平合戦の最終決戦、壇ノ浦の戦いの起こった地でもあるし、17世紀の初めには、剣豪宮本武蔵と佐々木小次郎が関門海峡に浮かぶ船島(巌流島)で決闘をした。また19世紀半ばの幕末、長州藩の高杉晋作はこの地で「奇兵隊」を結成し、長州藩の討幕運動の前線基地となった。
近代以降は造船と水産業の町として繁栄し、現在もその歴史と地理的特性を生かした街づくりを進めている。2005年に旧豊浦郡の町である豊北町、豊浦町、豊田町、菊川町と合併した。
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